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国宝・臼杵石仏 |
九州の東海岸、大分県臼杵市大字中尾・深田にある国宝臼杵石仏は、切り立った丘陵の崖面に彫りだされた磨崖仏としては日本で他に類を見ることのできない高い彫刻技術で彫られ、古園石仏群・山王石仏群・堂ヶ迫石仏群(ホキ石仏第1群)・ホキ石仏第2群の四群からなる全60余体と量の面でも日本最高峰の古代石造彫刻の里です。
普通石仏と呼ばれる物には2種類あり孤立して持ち運びできる物を単独石仏と呼び。もう1つは天然の岩壁を利用して、岩に直接彫った物を磨崖仏といいます。磨崖仏にも線刻・半肉彫・厚肉彫・丸彫りとの区別があり、臼杵石仏はいずれも丸彫りに近い非常に高度な技術の必要な物です。
なぜここで木彫りのように精巧な石の彫刻が出来たか、その理由の一つには、このあたり一帯は太古の昔阿蘇山の大噴火によって堆積した火山灰から生じた阿蘇溶結凝灰岩という軟質の石に彫られているため、やわらかく彫刻に適しています。反面、大変損傷がはげしいのも特徴です。現存している60余体はいずれも日本を代表する磨崖仏であり、うち59体が国宝の指定を受けております。誰が何時ごろ造ったのかということははっきりした文献が残っていないため明確な年代は出ておらず今尚謎につつまれていますが、大体平安末期から鎌倉にかけて彫られたのではないかといわれています。伝説ではこの地方を治めており人々から「真なの長者」と呼ばれた豪族が我が子の死を悼み遠く中国より蓮城法師を呼んでここに大磨崖仏群建立を行ったとされております。当時岩肌に彫られた磨崖仏には全て着彩が施され、その色は1000年以上も経た今も褪せることなくきれいに残っています。 |
国宝・臼杵石仏巡り |
臼杵石仏会館の駐車場に到着後、お願いしていた石仏巡りのガイドさんの案内で早速石像見学へ
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(石像見学順序)①石仏事務所→②古園石仏→③山王山石仏→④ホキ1群山王山石仏⑤ホキ2群→⑧石仏事務所
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①古園石仏(ふるぞのせきぶつ) |
古園石仏は、大日如来像を中心とする曼荼羅を構成し整然とした陣容をそなえる、臼杵石仏の中心的存在。通称古園十三仏とも、大日山石仏とも言われています。
特に中尊の大日如来は日本の石仏の中でも最高傑作の一つといえます。
- 高く秀でた眉、切れ長の伏し目に端正な顔、ほのかに紅を刷いた唇にあたたかい御心が通う。-
きわめて端厳な相好ですが、ゆたかな両頬や、ややとがった二十頤、切れ長の伏し目など幽玄で神秘的な雰囲気がただよいます。
制作年代は、平安後期を下らないと言われています。 |
古園石仏群A 中央の大きな像が大日如来像で臼杵石仏のシンボル |
古園石仏を代表する大日如来は長い間頭部だけ下に安置され、臼杵石仏の顔として慣れ親しまれていましたが、一連の保存修理の一環として復元か否か、賛否大論争の末平成5年8月25日仏頭は復位されたそうです。 |
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大日如来像の顔 (左が頭部だけ下に安置している復位前の写真、右が今日の写真) |
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古園石仏前での集合写真 (この写真はクリックすると拡大します) 高画質 |
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②臼杵 山王山石仏 |
入り込んだ谷筋に沿って遊歩道が設けられていて、満月寺から見ると谷の左奥に位置するのが山王山石仏。
中央に釈迦如来、右に薬師如来、左に阿弥陀如来。三体の坐像が彫られています。 |
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③ホキ石仏第1群 |
平安時代から鎌倉期に至るまでの磨崖仏が20数体並び、まさに壮観です。4つの龕からなり、第1龕は、如来坐像3体と菩薩立像2体、第2龕は阿弥陀如来坐像、薬師如来坐像、如来坐像の3体、第3龕は大日如来像ほか4体、第4龕は地蔵菩薩半跏像並びに十王像の11体です。いずれも秀作ぞろいです。 |
第1龕の如来坐像3体 |
第2龕の如来三尊像 |
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第3龕の如来三尊像 |
第4龕の地蔵十王像 |
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④ホキ石仏第2群 |
2龕(がん)からなり、第1龕には阿弥陀三尊像が見事な技術で掘り出され、その堂々とした軀体、中尊と両脇侍のそれぞれに異なった豊かな表情など、まことに見事な磨崖仏です。第2龕は、「九品の阿弥陀」と呼ばれ、比較的小さな仏像が彫られています。
※ ホキとは、「がけ」という意味の地名です。 |
第二龕(がん)の阿弥陀三尊像 |
第一龕(がん)の阿弥陀三尊像。 |
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●磨崖仏・不動明王群 |
昼食後の散策時間に石仏事務所の手前に階段あり、不動明王の表示につられて15m登ると立派な磨崖仏がありました。 |
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