南東地区だより


2017年度(平成29年度)


会員だより           伊藤利之ご夫妻 金婚式お祝い訪問
 3月31日に金婚式を迎えられ、当日お祝い品を持って自宅に訪問。職場は当時のカマボコ屋根の生産技術事業部、当時、栗田鉄工所といわれてなかなか赤字から脱皮できなかった職場。私の入社当初の職場でもあり、懐かしくその話題になりました。その後、いろいろと新しい機械を開発されて屋台骨の事業場になり、立派な工場も鳥栖にできてこれからという時に大阪、長野に移り、最近、今技術陣は戻ってきていますが、鳥栖の工場がなくなったことを残念そうに話されていました。退社後は筑紫野市の市会議員、周りの方に助けられ任期をまっとう、今は近くの老人会のお世話役。ということで、退社後も家を空けることが多いそうですが、奥さんもお友達との交流などを楽しまれ、たまの会話が良いそうで、ここにご夫婦の阿吽の呼吸を感じました。ただ、以前、車の運転で昔のように行けなかった対応で事故となり、奥さんが気をつけてほしいと言われていたのが自分ながら感じるところで、今まで通りにはいかないこれからの自動車運転についてお互い気をつけなくては、とお互いしみじみと感じながらの会話となりました。帰りは表通りは車が多いということで、ご夫妻で表通りまで出て送って頂きました。これまでもいろいろ金婚式お祝いで訪問させて頂いていますが、そのお話しのなかでそれぞれ50年のご夫婦の重みを感じさせられ、いい勉強をさせて頂き感謝しています。これからも皆さんお元気で。(笠井雅弘)


金婚式を迎えられた伊藤利之ご夫妻



会員だより           柴藤勝治ご夫妻 金婚式お祝い訪問
 3月26日に金婚式を迎えられ、春らしい暖かい当日に金婚のお祝いで羽野委員と自宅を訪問。 ご夫妻ともお元気でご本人は天気のいい時は自転車でゴルフの打ちっぱなしに出かけ、時にはパチンコ屋に寄ってくるそうです。九松の最初の新規採用で入社当初は5階建ての本館の工場整備など生産が立ち上がるまでの苦労話をされていました。たまたま、その当時の本館の上に丸いナショナルの看板がのっていた会社正面の写真を持っておられて懐かしそうにお話しして頂きました。(その写真を写真に撮ってこられなかったのが残念)その当時はボーリングがはやっていて職場で競っておられたようです。また、家族も一緒に平和台での運動会は当時の楽しい行事だったと懐かしくご夫妻ではなされている間に金婚のお祝いと来られた娘さんとお孫さんが会話中の写真を撮っておられたので、帰りは玄関前で全員写真を撮って頂き、皆さんに送られて帰りました。(笠井雅弘)

玄関前で、娘さん、お孫さんと一緒に
金婚お祝い記念写真



会員だより           寺崎勝廣ご夫妻 金婚式お祝い訪問
 三月二日に金婚式を迎えられ、春らしい暖かい六日に金婚のお祝いで羽野委員と自宅を訪問。わかりやすいところまでお出迎えを頂き、親ゆずりの畑、家庭菜園以上に手入れされ、みずみずしい野菜が元気に育っている中をご自宅まで案内されました。退職後ご夫婦でいろいろと回られたお話しから始まり、当時は高速道路料金が安く北海道へ、また、お二人で富士山頂上に登られたお話しを楽しそうにして頂きました。勤務時代の話しになるとはじめは福岡から熊本、鹿児島、大分と転勤され、最後の職場は福岡CS。特に、子供さんが小さかった頃の熊本時代に親しく御友達になり、福岡でもまた同じ職場で今もなお家族ぐるみの交流ができ、いろいろ転勤させられたけどそれが人生のいい宝物になったとお話しされていたのは印象的でした。残念なのは、今奥さんが膝を痛め治療中で共に動けないこと、早く回復され、地区のバスツアーにご夫妻での参加をお願いし、改めてご夫婦の人生五十年の大きな財産を感じながら帰りました。(笠井雅弘)

奥様の膝がよくなられて、
また共に元気に出かけられてください



地区だより       2017年度 中地区と合同の新年会開催
 1月20日、大変好評だった今年度の地区総会同様に。中地区と南東地区合同で、新年懇親会を土曜日のお昼から「やふれかぶれ大橋店」で盛大に開催。総勢36名(中19、南東17名)従来同様の開催でしたら、寂しい集まりでしたが、久しく仲間に会えるなどで参加人数も増え、終始賑った。店長から、若い人たちに比べてよく食べよく飲みますね、と言われるほど盛り上がりました。先ずは来場順に席の抽選、参加賞のスクラッチ剥がしや思い思いの話題で、開始まで過していただき、全員揃って写真撮影。笠井幹事の司会で開始。先ず、この一年間で亡くなられた方々への黙祷。塚本幹事の挨拶と藤井哲夫さんの乾杯で始まりました。宴たけなわに連れ、ビール瓶片手に席を回るなど元気に飲んで食べてお話しが尽きなかったようで、楽しそうでした。中締めは、帆足博之さんの音頭で万歳三唱。続いて両幹事よりのサプライズでお土産を、「最初に来られた方、挨拶された方、席の番号で当選された」方々に進呈。発表ごとに歓声が。思わぬ土産を手に、昼下がりの街中を足早に家路へ。皆さんから「合同で楽しくお話しができ良かったね」と言われたことが、準備した委員にとって最高のお言葉でした。時には合同もいいですね。(笠井雅弘)
始まる前、全員で記念写真(入りきれず寝転がってすみません) 
 挨拶する中地区 塚本幹事 藤井さんの音頭で合同開催と盛会に乾杯! 
 皆さん楽しそうに時間も忘れて歓談
ちょっと合間にポーズをとってくれました 
最後に参加された方々の一部にサプライズ、菊竹さんから「感動した!!」と感想 
ちょっとしたサプライズに盛り上がり、帆足さんの万歳で中締め 



会員だより          桑山節男ご夫妻 金婚式お祝い訪問
 12月1日に金婚式を迎えられ、訪問日は日程調整で6日に羽野委員と。近くの公民館で自宅を尋ねたところすぐ場所について説明され、その反応に地域でいろいろお世話役をされていることが感じられました。その一つが写真にあるグランドゴルフの会長です。
 訪問後、最初のお話は金婚式来年ではなかったのかな、という話題になり年数の数え方は結婚したその年も含めてということを理解していただき、懇談へ。この50年の始まりは奥さんが勤められていた大分、熊本の木材を加工して家具を製造されていた会社に材料調達にいかれたところから始まったようで、茶の間中央にはその当時のデザインですが、今でも輝いて設置されており、お二人の歴史はここにありと感じ入りました。最近集まりに来られないことをお聞きしたところ8年前胃を削除し、食べ過ぎるとすぐ出してしまうので、楽しみは家でお酒を飲んでいることらしいですが、度が過ぎるのを奥様が大変気にされて、言っても聞かない、と心配されておられました。健康診断での悪いところはないそうですが、筋力が落ちてきたといわれていました。お祝いをお渡しした後、一つの目的を果たすためにお酒を少し控えて体を動かすこと、奥さんと一緒にお願いして、お二人に明るく玄関先までお見送りされて帰りました。
 桑山さんご夫婦には屈託なくお互いが言いたいことを言える間柄を作り上げてことの大事さを教えていただきました。ご夫婦ともども今後も元気で明るく、桑山さんは飲みすぎないように。(笠井雅弘 記)
わかりますか、三笠地区グランドゴルフの桑山会長、ゼッケンNo.5です  



地区だより     南・南東地区合同「平成28年熊本地震 復興支援」バス旅行
 (観光コース)
 旧松筑荘前乗車 → 西鉄都府楼前駅出発 → 北熊本PA(休憩 )→ 熊本城(外観見学) → 加藤神社 → 水前寺成趣園
 → とらや(昼食)→ 田原坂西南戦争資料館 → 玉名PA(休憩・買物) → 旧松筑荘前下車 → 西鉄都府楼前駅着
 (7:45出発→17:10帰着)

 秋晴れの11月6日に37名の参加で熊本支援「復興城主」を目指しいざ出陣、最初の熊本城では、青空バックに紅白の復興巨大クレーンと、城を取り巻きそそり立つ足場が出迎えてくれました。更に復興ボランティアの方々も懸命にガイドをされて、震災復興の重責を担っておられました。立ち入り禁止の場内を周囲から見ると、震災の爪痕も生々しく、完全修復には20年かかるそうです。
 次の水前寺成趣園では、水が戻り元気になった鯉達に勇気を貰い、出水神社の「長寿の水」で命を長らえ、心も清らかにのご利益を頂きました。 最後は、来年の大河ドラマを見据え、国内最後の内戦での最大の激戦地田原坂西南戦争跡へ、官軍と薩摩軍合わせ約14000人の犠牲の上、新しい日本国と、赤十字の礎が出来た事を学びました。
 帰りはくまモンに見送られ、沢山の土産を満載したバスは軽快に一路福岡へ、更に1時間早く着くご利益まで頂き、幸せな日を過ごせ、復興城主になりきっての解散でした。 (レポーター 樋口宗徳)

復興工事中の熊本城をバックに 集合写真

水前寺成趣園にて 集合写真

水前寺成趣園 園内を散策中の皆さん

水前寺成趣園内の出水神社

美味しかった刺身定食

田原坂西南戦争資料館

「戦災の土蔵」前にて

 美少年像と名物ガイドさん



会員だより     金婚式を迎えてられて思うこと(福永攻治さんご夫妻)
 金婚式訪問でいつもは同じ内容をHPに載せていますが、今回は金婚式を迎えられるにあたり、私なりに感じるところがあり、私の思いも含めてまとめてみました。
 これから金婚式を迎えようとされている方々へ。
 いつものように金婚式訪問、そこでいろいろお話しをお聞きしているなかで、今世の中での働き方が六十歳定年から、実質的七十歳定年に大きく変わろうとしている環境のなかで、仕事人生が終わった途端に体はガタガタ、これから第二の人生はどうなるのだろう、そう思われたことはないでしょうか。大先輩とは違う時代、と言ってみればそれで終わりですが、その退職後も若々しく元気に活動されている方々のお話しを聞く中で、これからの六十歳以降の時間は、一部仕事に制約されつつも仕事とは別に自分の生きがいを見出すことの大事さを、今回特に福永さんご夫婦との会話のなかで感じることがありましたので、事例を基にまとめてみました。
 ●松九会に参加し自分の立ち位置を見つけ活動、そして昔の仲間との楽しい交流
 ⇒「歩こう会の写真、ホームページのまとめから記念DVDを制作配布」
 ●日頃は好きなことで体力づくり
 ⇒「好きなテニスを八十五歳まで続けたい」
 ●ご夫婦ともどもそれぞれ好きな趣味でそれぞれの時間で楽しむ
 ⇒「奥さんは布遊びで人形や置きものづくりとフラダンス、福永さんは写真撮影、ドローン空撮、
   雨の日はロボットづくりなど」
 ●たまのお二人での時間は海外・国内旅行で
 この基本にあるものは従来も今も同じ、定年退職後お元気に活動されている方は松下幸之助翁の言われるように「青春」「自分の信念と希望あふれる勇気に満ちて日に新たな活動をつづける」 この心の若さをお持ちであると感じます。
 そのためにもまず活動できる健康体の維持、自分の体はちゃんと健康診断で見極めてもらい、時に松九会の仲間と楽しく元気に交流。新しい退職後の人生について考え直してみませんか。(笠井雅弘 記)
共に85歳までテニスを  二年がかりで生み出したロボットとご夫妻 



     「熊本大地震復興支援」合同企画バスツアー 福岡全地区から参加を募集!


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短信       2017年サマーパーティーでの出会い(平川秀二さん)
 昨年の定年退職後、これまで松九会の催しに日程が合わず参加できませんでしたが、今回、初めてサマーパーティーに参加させて頂きました。
 ご指導頂いた諸先輩方、苦楽を共にした同僚の皆様方と顔を合わせると、たちまち昔の記憶がよみがえり昔話に花を咲かせ、また皆様方とお互いの近況を交換しながら、あっという間に時間が過ぎ、とても楽しい時間を過ごさせて頂きました。今後も行事に積極的に参加させて頂き、皆様との親交を深めて行きたいと思います。(平川秀二さん記)

 久々の出会い、参加したものでないと味わえない楽しみを味わいませんか。松九会はこのような場を皆さんの手で作り上げていく会だと思っています。(笠井雅弘)
久々の出会いに乾杯(左端が平川秀二さん) 



会員だより        2017古希を迎えて思うことシリーズ2
 今回は今年度古希を迎えられる方で、どうしても地区総会に参加できなかった方のご自宅を訪ねて、お会いしてお届けしました。お二人ともお元気でした。
矢頭保彦さん
 この度は古希のお祝い大変ありがとうございました。お陰様で大病もせず、好きなテニスを週に数回楽しむなど、元気に過ごしています。体の方は何とか大丈夫なのですが、頭の方は年相応に痛んできました。できれば心身共に、もうしばらく現状維持で頑張ってくれと自分で自分を励ましている昨今です。皆様のご健勝をこころよりお祈り申し上げます。
米村 亘さん
 退職後あっという間に10年が経過、幸い健康に恵まれ充実した日々を送れています。健康維持の為、”まず身体を動かす事”を念頭に、ゴルフ、ウォーキング、家庭菜園と楽しんでいますが、楽しむことが維持するポイントだと思います。又、現役時代の家内のサポートに感謝して、時々主夫をやっていますが、主婦の大変さを改めて認識させられる反面、目先の変わった事に新鮮味があり、楽しいものです。
(レポート 笠井雅弘)
古希を迎えて 矢頭保彦さんと米村亘さん 



会員だより    古希を迎えて思うことシリーズ(会社内での地区総会にて)
 昨年より古希を迎えられた方々に退職後を振り返ってお言葉を頂くようにしました。
今年は9名、内7名が今回初めて変わり行く美野島での地区総会に参加、参加されたの皆さんよりお祝いをして頂きました。
左より参加の7名(笠井、杉山、小柏、大曲、福澤、青柳、羽野)と金子会長(敬称略)
杉山初さん
 昭和42年入社で製造、購買、営業、電磁波測定業務と41年間会社で過ごしました。仕事では、皆さんに助けて頂いた事が多くあり感謝しています。退職後は趣味を生かした活動をして過ごしています。それは野球(中学から大学までの軟式硬式)の審判員活動です。20代後半から高野連(高校野球福岡県大会等)中体連(軟式、中学校野球大会、社会人大会)の審判活動をしてきました。この趣味を持てたのも会社のおかげです。何か一つ趣味を持つ事を勧めます。仕事も大変でしょうが退職後活動する物があれば、充実した退職後が過ごせると思います。
小柏功夫さん
 まだまだ健康、月2〜3回ゴルフをして過ごしている昨今。私自身は現職当時、海外も含め多くの所に行きましたが、家内は30年勤続旅行で欧州に行ったくらい、ということで退職後は夫婦でハワイ、カナダ、北海道、富士山周遊など旅行に行っています。健康第一と感じ、毎年ドック検診で自己管理。ただ、30〜50歳が超多忙な時期で、こどもから父親と遊んだ記憶が少ないと言われていることがつらいところですね。
大曲尚之さん
 還暦に現役を引退し早や古希を迎え、この10年間は誕生日毎に1年間の健康を考えてきました。これからは、第三の人生と考え、これまでとは異なり毎日の全ての時間に計画を立ててささやかな趣味や家族生活で有意義な日々を過ごしていくつもりです。その為にも第一に必要なのが健康と考えています。また、現役時代の「どうして?」という好奇心も忘れないようにしたいと思います。
福澤與志彦さん
 古希を迎える→誕生して70年になるのだなと思います。決して頑丈な体ではないが寝たっきりの状態でもなく、ぼつぼつと時には野菜作りなどして、それなりの生活を送っています。これといった趣味や人様に誇れるようなこともありませんが、若いころからの少しずつの養生が、現在の健康の貯金にもなっているのかなと思ったりします。今後のパナソニックのご活躍をお祈りいたします。
我ら入社当時の九州松下電器(株) 現在のコネクティッド ソリューションズ社 
青柳征次さん
 昨日中地区との合同総会に出席いたしました場所は旧九松本社、正門を入ると緑の芝生があり運動会の練習をした場所です。建物の裏に回るとプレス工場があった場所に着きます。鉄板を打ち抜く音が聞こえてくる様ですべてが懐かしく思われました。この機会を作ってくれた感じさんに感謝します。しかし残念なことが一つありました50年間付き合いのあった友人2人が続けてこの世を去りました。健康には注意を、そして最後に松九会と九松に感謝。
羽野保行さん
 会社を早期退職、糸球体腎炎と診断され自分で食事療法し体重を20kg落としその2年後左足の人工股関節全置換手術を行い無事歩けるようになり、その後歩こう会に入会。今は毎日6kmのウォーキング。これからも松九会の行事には積極的に参加して行きたいと思います。やはり健康が一番だと思います。
笠井雅弘
 定年退職後10年、会社も私たちも外観は変わりましたが、気持ちは変わらないつもり、ですが、会社の中は大きく変わりました。まず、今、3,500名くらいおられる方々のお顔を拝見しても知っている方々はどれくらいだろう、と思います。しかし、松九会の中には九松の心が息づいていると思います。この10年間、育てて頂いた九州松下電器及び先輩方に感謝の気持ちで言われるままに取り組んできました。今後もこの松九会を元気で楽しい会として継続できるよう今後とも皆さんのご支援をよろしくお願いします。
(レポート 笠井雅弘)



地区だより     2017年度 南東地区総会、中地区と合同開催しました
地区総会参加の皆さん 松下幸之助像の前で
全体写真と内容は中地区のHP参照 :http://naka.syokyu.com/CH3300.htm
合同地区総会の様子 今年古希の皆さんへお祝い手交 
※古希を迎えられた皆さんの写真と思いは昨年同様、HPで後日紹介させていただきます 
 ショールームでは松九会として歓迎していただきました
補聴器の理論も含めた製品説明を熱心に聞きました
実用化運用されている展示説明を熱心に聴き実際に体験
小雨振りだす美野島、変わり行く会社に思いを残し解散